年賀はがきの販売が始まり、「もうそんな時期?」と嘆いていたところ、
来年は私達の年、つまり巳年である事に気が付きました。
そこで、6回目の巳年を迎えるあたって、その節目の思い出に心を馳せたとこ
ろ、いろいろな事が蘇ってきました。
皆様はどうでしょうか?
思い出すままに連ねると、12
12歳。。。
小学校六年生でした。担任の鈴木先生を大変困らせた事を憶えてお
ります。
24歳。。。
花の24歳のはずが、藤沢に両親と共に住んでいたため、まるで、「箱入り娘」
でした。
社会人ではあったのですが、狭い世間の中で生活していました。
お見合い写真を沢山撮ったのを憶えています。
36歳。。。
夫との出会いの年でした。
つまり、人生の大きな節目であった訳です。
39歳で長男を、42歳で長女を出産しました。
遅い第二の人生のスタートでした。(だから、どう、と言う事もない
のですが)
48歳。。。
小学生になった子供達との行動が多く、子育てに熱中した年でした。
その時期は、PTAの要職を仰せつかり、幼稚園を含め4年間、忙しい毎日を過ご
し、空き時間を主婦業に充てる、そんな多忙な日々でした。
まあ、元気でしたよ。
特に、多くの人々と出会い、良い友が出来、また色々な事を学びました。
私にとって貴重な年でした。
60歳。。。
二人の大学生を家から出し、時間の余裕が出来た私はパソコンワークでスキル
を磨いたのもこの時期です。
でも、この年も元気でしたよ。
そして、来年迎えるであろう、72歳。。。
息子が結婚します。
さて、私はどんなライフスタイルを選ぶのかな?
このまま年を取るのも寂しいし。。。。
84歳。。。
まだまだ、人生これから。。。と思いながら、過ごす事でしょう。
2012年8月20日月曜日
残暑お見舞い申し上げます。
9日間の夫のお盆休暇も今日で明け、またもとの生活に戻りました。
しかし、暑さは相変わらず。。。
つくづく夏はイヤ。。。と思いますね。
特に愛犬ジローにとっては苦難の日々なのです。
何しろ毛皮を着ている訳ですから。。。
最近は室内犬が増えたせいか、近所の犬達はクーラー漬け、とても気
持ちの良い日々を過ごしている様ですが、我が家の愛犬は外犬のため、その恩恵
を受ける事が出来ないのです。
唯一、車でお出かけの時は、気持ちの良いドライブでご機嫌。。
でも、最近はリビングの扉のところまでの進出を許し、「クーラーのおこぼ
れ」を、と扉を30度までジローの為に開けてやります。
夏の風物詩と言えば、今、真っ盛りの「甲子園野球」。
地方予選が始まると、新聞のスポーツ欄で、まず山形県の結果を見てしまいま
す。
大抵は、東高の結果。。。「負けたあ〜」は常套句。
これが、「ワッ、甲子園に行けるんだあ」とは、ないのかなあ?
やはり、文武両道の学校は無理なのかしら。
でも、今甲子園を沸かせている、「桐光学園」は文武両道の学校ですよ。。。
東高野球部のOBである兄二人も期待している様ですが、もっとバックアップし
なくては。。。、と思うのです。
夫のブログから拝借しました。
さつまいもの花です。
2012年6月7日木曜日
近況を。。。
またまたご無沙汰致しました。
70歳になって半年が経ち、
ふむ、ふむ〜 この歳も悪くないなあ、
と思っていたら、またまた病院のお世話になってしまいました。
で、 早速、医療費が1割負担、 という恩恵に浴した訳です。
以前は、2割負担だった訳ですから、半分になった訳ですよね。
さて、近況というのは、
三度目の骨折、とは言っても今回は自宅療養で回復しました、が
まだ、ちょっと、というところでしょうか?
またまた、愛犬ジローとの散歩の時です。
ジローの為に弁解しますが、今回は私の不注意から。。。
夫からは、「三度目は無いからね」と言われていた手前、転んだ事は伏せて
おきましたが、隠し通せなくなり、つい白状を。。。という訳です。
でも、「雨降って地固まる」という事でしょうか、
お医者様から、最新の骨に対する新薬を紹介されて、今は、
週一回の注射をしています。
かなり、骨が増強するらしいです。
ちょっと細かい話をしますと、この新薬の注射は、去年までは保険の対象外でした、
が、今年に入って保険が効く様になり、昨年までは、一回1万数千円のところが、
私は、一回1,400円で、済みました。
ラッキー、という訳です。
でも、今回の骨折は痛かったあ〜
無宗教の私が、即席の呪文を唱えたくらいでした。
でも、元気になれましたよ。
パソコンが打て、投稿(内容はともかくとして)が出来る様に
なったのですから。。。
皆様も元気にお暮らし下さいね。
70歳になって半年が経ち、
ふむ、ふむ〜 この歳も悪くないなあ、
と思っていたら、またまた病院のお世話になってしまいました。
で、 早速、医療費が1割負担、 という恩恵に浴した訳です。
以前は、2割負担だった訳ですから、半分になった訳ですよね。
さて、近況というのは、
三度目の骨折、とは言っても今回は自宅療養で回復しました、が
まだ、ちょっと、というところでしょうか?
またまた、愛犬ジローとの散歩の時です。
ジローの為に弁解しますが、今回は私の不注意から。。。
夫からは、「三度目は無いからね」と言われていた手前、転んだ事は伏せて
おきましたが、隠し通せなくなり、つい白状を。。。という訳です。
でも、「雨降って地固まる」という事でしょうか、
お医者様から、最新の骨に対する新薬を紹介されて、今は、
週一回の注射をしています。
かなり、骨が増強するらしいです。
ちょっと細かい話をしますと、この新薬の注射は、去年までは保険の対象外でした、
が、今年に入って保険が効く様になり、昨年までは、一回1万数千円のところが、
私は、一回1,400円で、済みました。
ラッキー、という訳です。
でも、今回の骨折は痛かったあ〜
無宗教の私が、即席の呪文を唱えたくらいでした。
でも、元気になれましたよ。
パソコンが打て、投稿(内容はともかくとして)が出来る様に
なったのですから。。。
皆様も元気にお暮らし下さいね。
2012年3月9日金曜日
2012年3月1日木曜日
岩井悠至君の写真
山形県写真展で最高賞の県知事賞に輝いた岩井悠至の写真を拝見してきました。新聞の紹介によると、蔵王の山並みがよく見える自宅ベランダから撮った写真だそうですが、その蔵王連峰の上空で展開された自然現象、虹と落雷の一瞬を見事にとらえた作品でした。
撮影したのは昨年夏の夕暮れ時。手前に上山の街並みが写り、奥に三宝荒神、地蔵、熊野、馬ノ背、刈田といった蔵王の山並みが連なる。ここまではよく目にする懐かしい光景ですが、その上空の自然現象が凄い。
茜色が広がる夕空に、赤い虹が美しい放物線を描くいっぽうで幾筋かの稲光が上空いっぱいに走る。その一つが何処かへ落ちたのでしょうか。白く太い線となって光っておりました。蔵王の上空で展開された「虹と稲光と落雷の一瞬」。地を引き裂き、思わず身震いしたくなるような様子が鮮明に写っておりました。
岩井君の作品は2月26日(日)の山形新聞に掲載され、岩井君自身も同じ日の「この人」という欄で紹介されていました。写真展は3月20日(火)まで山形美術館で開かれているそうです。
10日ほど前にナナ・ビーンズでSIZUさんの「つるし飾り」も拝見しました。
旧家に伝わる豪華な段飾りよりも、庶民手作りの「つるし飾り」に温もりを感じながら、ひと足早い春を満喫してきました。
撮影したのは昨年夏の夕暮れ時。手前に上山の街並みが写り、奥に三宝荒神、地蔵、熊野、馬ノ背、刈田といった蔵王の山並みが連なる。ここまではよく目にする懐かしい光景ですが、その上空の自然現象が凄い。
茜色が広がる夕空に、赤い虹が美しい放物線を描くいっぽうで幾筋かの稲光が上空いっぱいに走る。その一つが何処かへ落ちたのでしょうか。白く太い線となって光っておりました。蔵王の上空で展開された「虹と稲光と落雷の一瞬」。地を引き裂き、思わず身震いしたくなるような様子が鮮明に写っておりました。
岩井君の作品は2月26日(日)の山形新聞に掲載され、岩井君自身も同じ日の「この人」という欄で紹介されていました。写真展は3月20日(火)まで山形美術館で開かれているそうです。
10日ほど前にナナ・ビーンズでSIZUさんの「つるし飾り」も拝見しました。
旧家に伝わる豪華な段飾りよりも、庶民手作りの「つるし飾り」に温もりを感じながら、ひと足早い春を満喫してきました。
2012年2月14日火曜日
今日(2月14日)の山形新聞から
(山新2月5日)
(山新2月14日) おしばらくです。
朝、山新をみて「おー、岩井君だ」と主人が申しますので記事をみましたら快挙です。岩井さんは主人の小六の同級生です(6年7組)。6年7組は毎年花見、いも煮会、を岩井さんの自宅で開いています。幹事はいつも石垣康市さんのようです。しかも同級会を毎年県内や県外で開いている活発な(?)クラスです。
県美術館で行われた第46回県写真展の公開審査で写真家の立木義浩氏が審査した結果 岩井さんが最高賞の県知事賞を受賞されました。「荒れる夕暮時に」というテーマで日没後に出現した虹と雷光を同時にとらえた作品だそうです。2月23日から3月20日まで県美術館で展示されるということですので是非見たいものです。お近くの方も足を運んでみてください。
山新の記事をもう1件
2月5日の記事ですが今年もお雛様研究家安部英子先生の雛と吊り雛の「第7回春の序曲雛まつり」がナナビーンズの県芸文美術館で開かれています。(22日まで)私も安部先生の生徒ですが2年がかりで大づりを完成させ中づりとあわせて6点参加しています。木曜休館ですが
入場無料ですので足を運んでみてください。23日からは「山形市の雛街道」でメイン通り旧県庁の文翔館や20か所くらいの銀行、デパートetc,に展示参加いたします。街づくりの一助になれば嬉しいですね
2012年1月27日金曜日
ミニ新年会
今冬1番の寒波が続く中で、26日夜、山形市で6年1組と3年F組の有志によるミニ新年会を開きました。
毎年、花見や芋煮会、蕎麦を食う会などで顔を合わせているメンバーですが、昨年は3・11の災害による衝撃からすべての集まりを自粛しておりました。
一昨年の12月に蕎麦を食う会を開いて以来、1年余。有志の1人から「そろそろ新年会でも如何ですか?」という年賀状をいただき、急きょ、連絡を取り合いました。
「花見の打ち合わせ」が大義名分の1つでもあり、集まったのは3年F組の4人と6年1組3人。合わせて7人でした。
上山から列車を利用した3人が車両故障で1時間ほど到着が遅れたものの、旬の鍋物を囲みながら、ほぼ1年ぶりの顔合わせにたちまち談笑が弾み、4時間ほどの予定時間はアッという間に過ぎてしまいました。
花見については「月岡公園でやろう。詳細は後日、改めて…(また飲む機会をつくるために)」ということにし、全員が2次会のカラオケに繰り出し、夜11時近くまで盛り上がりました。
毎年、花見や芋煮会、蕎麦を食う会などで顔を合わせているメンバーですが、昨年は3・11の災害による衝撃からすべての集まりを自粛しておりました。
一昨年の12月に蕎麦を食う会を開いて以来、1年余。有志の1人から「そろそろ新年会でも如何ですか?」という年賀状をいただき、急きょ、連絡を取り合いました。
「花見の打ち合わせ」が大義名分の1つでもあり、集まったのは3年F組の4人と6年1組3人。合わせて7人でした。
上山から列車を利用した3人が車両故障で1時間ほど到着が遅れたものの、旬の鍋物を囲みながら、ほぼ1年ぶりの顔合わせにたちまち談笑が弾み、4時間ほどの予定時間はアッという間に過ぎてしまいました。
花見については「月岡公園でやろう。詳細は後日、改めて…(また飲む機会をつくるために)」ということにし、全員が2次会のカラオケに繰り出し、夜11時近くまで盛り上がりました。
2012年1月20日金曜日
今冬の初滑り
冬型の気圧配置が緩んだ一昨日(18日)、急きょ蔵王へ向かい、今冬の初滑りを楽しんできました。
朝から晴れ上がったこの日は風もなく、絶好のスキー日和。のんびりペースの朝食を取った後に、蔵王行きを思い立ちました。
朝から晴れ上がったこの日は風もなく、絶好のスキー日和。のんびりペースの朝食を取った後に、蔵王行きを思い立ちました。
青い空に、くっきりと浮き立つ白銀の世界。遠くに飯豊連峰、朝日連峰のほか月山、鳥海山を望み、いつもながら感動の空間です。樹氷群は寒い日が続いたせいかキリリと引き締まり、なかなかの美形ぞろいでした。
お地蔵さんに参拝した後、ザンゲ坂を下り、足の向くまま好きなように滑ってきました。
お地蔵さんに参拝した後、ザンゲ坂を下り、足の向くまま好きなように滑ってきました。
びっくりしたのは高齢スキーヤーが多かったこと。 自分よりも明らかに先輩であると思われる年格好の方も少なくありませんでした。
この日は「古稀スキーのデビュー」などと、個人的な感慨を持っていましたが、ゲレンデに元気な先輩スキーヤーが多いことを知り、まだまだ滑らなければーという思いを強くしながら帰ってきました。
2012年1月12日木曜日
素人なのに何故?
昨秋、高校の同期生が打った蕎麦をご馳走になる機会があった。
その蕎麦はそうめんのように細く、透明感があって、きらきらと輝く感じ。
それでいて歯ごたえがあり、“蕎麦どころ”の山形でも口にしたことがない風味。
蕎麦打ちを始めて2年余だそうだが、素人なのに何故?-と思うほど美味しい蕎麦だった。
聞けば福島県南会津方面に伝わる“裁ち蕎麦”というらしい。
秘訣は新鮮な蕎麦粉にあるという。
南会津方面から取り寄せ、蕎麦粉だけで打つのだそうだ。
同期会の会報を発行するにあたり、何人かが集まった席上でご馳走になったものだが、
その日は会報発行そっちのけで蕎麦の話ばかり。
メンバーの中から「会報発行はもう1度、蕎麦をご馳走になってから話し合おう」と厚かましい提案があり、結局、人の好い同期生を口説き落とし絶品の蕎麦を2度もご馳走になった。
その蕎麦はそうめんのように細く、透明感があって、きらきらと輝く感じ。
それでいて歯ごたえがあり、“蕎麦どころ”の山形でも口にしたことがない風味。
蕎麦打ちを始めて2年余だそうだが、素人なのに何故?-と思うほど美味しい蕎麦だった。
聞けば福島県南会津方面に伝わる“裁ち蕎麦”というらしい。
秘訣は新鮮な蕎麦粉にあるという。
南会津方面から取り寄せ、蕎麦粉だけで打つのだそうだ。
同期会の会報を発行するにあたり、何人かが集まった席上でご馳走になったものだが、
その日は会報発行そっちのけで蕎麦の話ばかり。
メンバーの中から「会報発行はもう1度、蕎麦をご馳走になってから話し合おう」と厚かましい提案があり、結局、人の好い同期生を口説き落とし絶品の蕎麦を2度もご馳走になった。
2012年1月8日日曜日
動体視力
このたび運転免許証を更新するにあたり高齢者講習を受講しました。70歳以上の更新に義務付けられているため、上山小中学校の同期生でも既に受講された方がいるのではないでしょうか。
電話で予約した市内の自動車教習所に出向き、高齢者が関わった交通事故の傾向とか、安全運転のため特に注意しなければならない事項など、ひと通りの説明を受けた後、静止視力、動体視力、夜間視力などを調べてもらいました。
この中で、動体視力が5段階評価で最も低い1、夜間視力は2という結果でした。しかも、同世代の平均をも下回っているとのことでした。
子供の頃から学校の成績を含め5段階評価の1~2は慣れているとはいえ、やはりショックでした。しかし、視覚は安全運転の最も重要な基盤だけに、自分の身体機能が低下していることを充分に認識し、スピードを控えたり、車間距離を取るなど、従来以上に安全運転を心掛けなければならないと自覚した講習でもありました。
電話で予約した市内の自動車教習所に出向き、高齢者が関わった交通事故の傾向とか、安全運転のため特に注意しなければならない事項など、ひと通りの説明を受けた後、静止視力、動体視力、夜間視力などを調べてもらいました。
この中で、動体視力が5段階評価で最も低い1、夜間視力は2という結果でした。しかも、同世代の平均をも下回っているとのことでした。
子供の頃から学校の成績を含め5段階評価の1~2は慣れているとはいえ、やはりショックでした。しかし、視覚は安全運転の最も重要な基盤だけに、自分の身体機能が低下していることを充分に認識し、スピードを控えたり、車間距離を取るなど、従来以上に安全運転を心掛けなければならないと自覚した講習でもありました。
2012年1月7日土曜日
日常生活が始まって。

山形地方は積雪40センチとの事、私の住んでいる埼玉西部は晴れの日々が続いております。
晴天の合間をぬって、お正月の休暇を利用して我が家を訪れた息子、娘夫婦の寝具を日光に当て、やっと押し入れにしまい、日常の生活に戻りました。
それにしても、通常我々二人に愛犬一匹の生活に慣れている事もあって、そこにプラス3人は大変でした。。。
これに何年か先には、孫とかが加わり、総勢何人になる事やら。
考えただけでも疲れてきます。
今年はその事を念頭に入れ、次年度からのお正月逃避行を宣言しました。
でも、娘のハッピーな顔を見る事も捨て難い。。。のです。
無理が祟ってしまったのか、お陰で、年末からの風邪がまだ回復していません。
咳がなかなか止まらない。
今年流行のマイコプラズマ肺炎では?と疑ってみたのですが、熱も無いし、五体は元気だし、そのうち治るでしょう。
マイコプラズマと言えば、娘がまだ生後三ヶ月(?)の頃、三日三晩、高熱と苦しさから (今考えると激しい頭痛だったと思います)、泣き通しでした。
これはおかしい、と思い、当時住んでいた東京都下福生市の「こども病院」で診察をお願いしたところ、「マイコプラズマ肺炎でしょう。すぐ入院をして点滴をする必要があります」と主治医の先生に言われました。
「マイコプラズマ?聞いた事がないわ」と思ったのですが、すぐ入院手続きを取り、付き添いで病院に残ろうと思ったところ、「完全看護だからその必要はないです」との事。
生後三ヶ月の娘を病院に残したままの帰宅はそれは辛く、外に出てから暫くは、娘の居る病室を見上げ、涙したものでした。
こんな思い出が突然蘇り、「あれが母性なのだわ、でも、この感情は今も全然変わらないのね」と一人、娘の部屋に入り、ため息をついてしまいます。
娘とジローの画像を、それと椿と南天の画像をミックスしたものをアップしてみます。
娘に怒られないかなあ?
2012年1月6日金曜日
Happy Birthday 70
明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします―。
年頭の挨拶を繰り返しているうちに、三ヶ日はあっという間に過ぎ、今日は既に6日。
昨夜は小生の誕生記念に「イガッタ」で食事をしてきました。
1942年1月5日に生を受けて以来、丸70年。
文字通り古稀の域に達しました。
といっても前日と何ら変わったことがありません。
人生80年といわれるこの時代、稀でも珍しいことでもありません。
むしろ当たり前なのかもしれません。
それでも、我が家では初めてとなる誕生記念の夕食をとるためにイガッタへ出掛けたところ、
デザートの皿に「Happy Birthday 70」と記していただくサプライズもあり、
改めて70歳を意識したところでした。
(了)
年頭の挨拶を繰り返しているうちに、三ヶ日はあっという間に過ぎ、今日は既に6日。
昨夜は小生の誕生記念に「イガッタ」で食事をしてきました。
1942年1月5日に生を受けて以来、丸70年。
文字通り古稀の域に達しました。
といっても前日と何ら変わったことがありません。
人生80年といわれるこの時代、稀でも珍しいことでもありません。
むしろ当たり前なのかもしれません。
それでも、我が家では初めてとなる誕生記念の夕食をとるためにイガッタへ出掛けたところ、
デザートの皿に「Happy Birthday 70」と記していただくサプライズもあり、
改めて70歳を意識したところでした。
(了)
2012年1月4日水曜日
新年のご挨拶を申し上げます。
いよいよ、70歳の大台とともに始まる新年は、新たなる覚悟の下での出発になる様な気がします。
昨年は、色々な事がありました。
その中でも、東日本の大震災で、私は生き方の根源を変える程の衝撃を与えられた様な気がします。
この災危が、日本の新たなる「夜明け」となる様に祈らずには居られません。
そして、この未曾有の出来事を決して風化させる事のない様、見守りたいと思います。
昔、「一年の計は元旦にあり」等と言いながら、やれそうにもない事を計画したものですが、久し振りに今年は、目標をちゃんと持とうと思いました。
何よりも、真っ先に来る目標は、「健康」ですね。
日常的に健全な状態で居る時は、その有り難さが解らないのですが、一度、そうでない状態に置かれた時、「健康」の有り難さが良く分かります。
次に来る目標は、「勉強」です。
昔から怠け者の私は、系統的に勉強をした憶えがないのです。
何を、勉強するか?それは、ヒミツです。
三番目の目標は、趣味を兼ねたビジネスです。
これもヒミツ。。。。
何か良く解らない文章になってしまいましたが、要するに、「健康」は全てに優先する、という事です。
2011年12月13日火曜日
先輩の訃報
上山中学校の野球部で1年先輩だった大石富雄さんが去る12月8日、急逝されました。
11日に行われた葬儀では多くの後輩がまだ早かった旅立ちを悼みながらご冥福を祈りました。
大石先輩は高校時代、2度も甲子園大会に出場し、社会人になってからも軟式野球で最も権威のある天皇賜杯全国軟式野球大会で3位になるなど、山形県の野球界に名を残された方です。
中学時代、四ッ谷出身の先輩とは帰宅方向が同じなので、よく一緒に下校させていただきました。
部活動が終わった後、体育館の近くから畑道を抜け、矢来から二日町、十日町を通って新丁、新町方面へ帰っていたものです。
途中、空腹に耐えられず、薄暗くなった畑の大根とかニンジンを失敬し、脇を流れる水で洗って口にしたことが何度かあります。
当時、高校生の野球を見るため大石先輩の先導で上山から自転車で山形の霞城公園を往復したこともありました。
高校時代は強豪チームの先輩たちには歯がたたず、いつも大敗していた記憶ばかり。その最たる試合は大石先輩が3年生で、小生が2年生のとき。先輩たちのチームと決勝戦で対戦し、勝てば甲子園大会へ出場できるという試合でした。
しかし、1塁手として出場した小生の大暴投をきっかけに、我がチームは0-8と大敗。大石先輩は2度目の甲子園出場を果たしました。このとき我々と同学年の清志君も甲子園に出場しました。
その後、社会人になってから、大石先輩と同じチームでプレーすることができました。先輩の活躍で全国3位になったほか、毎年のように全国大会へ連れて行っていただきました。岐阜県で開かれた国民体育大会では山口県のチームと延長28回まで戦ったこともあります。
2人にとって痛恨の思い出は、投手だった大石先輩が小生のエラーで完全試合を逃したことです。野球では相手チームに1人の走者も許さなければ「完全試合」といって、投手としては最高の記録になります。
ある大会で9回2死まで大石先輩が1人の走者も出さず、大記録達成が目前でした。しかも最後になるはずの打球は力のない遊撃ゴロ。難なくアウトにできるはずでした。ところが、遊撃を守っていた小生が1塁へ悪送球。先輩の大記録は一瞬にして消えてしまったのです。後にチームメートの語り草にもなったプレーでした。
書いていると思い出は尽きることがありません。今はただ合掌のみです。
11日に行われた葬儀では多くの後輩がまだ早かった旅立ちを悼みながらご冥福を祈りました。
大石先輩は高校時代、2度も甲子園大会に出場し、社会人になってからも軟式野球で最も権威のある天皇賜杯全国軟式野球大会で3位になるなど、山形県の野球界に名を残された方です。
中学時代、四ッ谷出身の先輩とは帰宅方向が同じなので、よく一緒に下校させていただきました。
部活動が終わった後、体育館の近くから畑道を抜け、矢来から二日町、十日町を通って新丁、新町方面へ帰っていたものです。
途中、空腹に耐えられず、薄暗くなった畑の大根とかニンジンを失敬し、脇を流れる水で洗って口にしたことが何度かあります。
当時、高校生の野球を見るため大石先輩の先導で上山から自転車で山形の霞城公園を往復したこともありました。
高校時代は強豪チームの先輩たちには歯がたたず、いつも大敗していた記憶ばかり。その最たる試合は大石先輩が3年生で、小生が2年生のとき。先輩たちのチームと決勝戦で対戦し、勝てば甲子園大会へ出場できるという試合でした。
しかし、1塁手として出場した小生の大暴投をきっかけに、我がチームは0-8と大敗。大石先輩は2度目の甲子園出場を果たしました。このとき我々と同学年の清志君も甲子園に出場しました。
その後、社会人になってから、大石先輩と同じチームでプレーすることができました。先輩の活躍で全国3位になったほか、毎年のように全国大会へ連れて行っていただきました。岐阜県で開かれた国民体育大会では山口県のチームと延長28回まで戦ったこともあります。
2人にとって痛恨の思い出は、投手だった大石先輩が小生のエラーで完全試合を逃したことです。野球では相手チームに1人の走者も許さなければ「完全試合」といって、投手としては最高の記録になります。
ある大会で9回2死まで大石先輩が1人の走者も出さず、大記録達成が目前でした。しかも最後になるはずの打球は力のない遊撃ゴロ。難なくアウトにできるはずでした。ところが、遊撃を守っていた小生が1塁へ悪送球。先輩の大記録は一瞬にして消えてしまったのです。後にチームメートの語り草にもなったプレーでした。
書いていると思い出は尽きることがありません。今はただ合掌のみです。
2011年12月11日日曜日
古稀の文化祭
今、パソコンで「東濤会だより」という高校同期会の会報を作成しています。その中にノブさんの写真があります。上山の同級生の皆さんにもご高覧いただきたく紹介します。
音楽の集いは文翔館議場ホール(旧県議会議場ホール)で開かれました。謡曲・仕舞による祝謡・祝舞で幕を開け、ポピュラーバンドの弾き語り、オカリナ演奏、三味線・尺八の共演、原語で歌うナポリ民謡「オーソレミオ」、フルートとチェロのクラシック演奏と続きました。

会報は2007年夏からスタートして5年目。年3回ずつの発行で、今回は第15号になります。A4版、カラーの8頁。今回の内容は10月上旬、山形市で開催された同期会の大文化祭「美術展と音楽の集い」の特集です。
美術展と音楽の集いは会員たちがこれまで取り組んできたそれぞれの趣味の世界を「古稀の文化祭」と称して発表し合ったものです。
山形国際ホテルの4階展示室を会場とした美術展には絵画、彫刻、書道、写真、陶芸、鋳金、源氏物語絵巻模写など、多彩な分野にわたる約150点が展示されました。
音楽の集いは文翔館議場ホール(旧県議会議場ホール)で開かれました。謡曲・仕舞による祝謡・祝舞で幕を開け、ポピュラーバンドの弾き語り、オカリナ演奏、三味線・尺八の共演、原語で歌うナポリ民謡「オーソレミオ」、フルートとチェロのクラシック演奏と続きました。ノブさんは音楽の集いの冒頭、祝謡・祝舞で平家物語ゆかりの「八島」を舞ったほか、他の3人とともに「猩々」を連吟。厳粛な幕開けを飾るとともに、舞台と客席を夢幻、幽玄の世界へ誘ってくれました。
写真はノブさんのステージと音楽会の1幕です。
2011年12月5日月曜日
リュトリーのプロテスタント教会
Rue Horloge時計通りの一軒のアーチを入り、教会の標識をたどって行くと、路地を通り、プロテスタント教会の前に出ます。
全体を写せないほど、大きく、外も、中も、立派な教会です。
入り口の菊の花。
そして、教会の入り口から、外を見て撮りました。
雪子
2011年11月25日金曜日
晩秋の羽黒山
3週間ほど前に晩秋の月山路を越え、羽黒山へ行ってきました。
今年、定年退職した家内の弟夫婦に同行し、
国宝の五重塔や山頂の合祭殿に参拝した後、
斎館という所で精進料理をいただくのが目的でした。
山形を出発したのは午前10時過ぎ。
庄内あさひICまでは高速道路を利用しました。
その後はスーパー農道として整備された中山間部の道路を走り、
羽黒山麓の駐車場に到着したのは正午前。
五重塔までは駐車場から歩いて15分ぐらいです。
随神門という門から、薄暗い石段をくだり、朱塗りの橋を渡ると間もなく
杉小立の一角に歴史を伝える雄姿がありました。
五重塔は平安中期の930年代に平将門が創建したとも伝えられ、
1966(昭和41)年に国宝に指定されたそうです。
斎館は参籠所。参拝客の宿泊施設でもあるようです。
予約をすれば精進料理をいただけます。
この日は午後1時に4人分の予約を入れておきました。
案内された静寂な一室で、胡麻豆腐や厚揚げのほか月山筍、シイタケ、ナメコなど、
出羽三山の山麓で採れる山の幸を伝統の膳でいただけるのは、また格別の味でした。
まだ、寒さが来る前のこと。
月山の山懐に抱かれた庄内映画村オープンセットまで足を伸ばし、
穏やかな秋色の1日を満喫してきました。
今年、定年退職した家内の弟夫婦に同行し、
国宝の五重塔や山頂の合祭殿に参拝した後、
斎館という所で精進料理をいただくのが目的でした。
山形を出発したのは午前10時過ぎ。
庄内あさひICまでは高速道路を利用しました。
その後はスーパー農道として整備された中山間部の道路を走り、
羽黒山麓の駐車場に到着したのは正午前。
五重塔までは駐車場から歩いて15分ぐらいです。
随神門という門から、薄暗い石段をくだり、朱塗りの橋を渡ると間もなく
杉小立の一角に歴史を伝える雄姿がありました。
五重塔は平安中期の930年代に平将門が創建したとも伝えられ、
1966(昭和41)年に国宝に指定されたそうです。
斎館は参籠所。参拝客の宿泊施設でもあるようです。
予約をすれば精進料理をいただけます。
この日は午後1時に4人分の予約を入れておきました。
案内された静寂な一室で、胡麻豆腐や厚揚げのほか月山筍、シイタケ、ナメコなど、
出羽三山の山麓で採れる山の幸を伝統の膳でいただけるのは、また格別の味でした。
まだ、寒さが来る前のこと。
月山の山懐に抱かれた庄内映画村オープンセットまで足を伸ばし、
穏やかな秋色の1日を満喫してきました。
2011年11月24日木曜日
洋ナシパン・・・伝統の食べ物
ドイツ語でBirnweggli、フランス語でChausson aux poires。ドイツ語で、Birnは洋ナシ、Weggliは小さいパンのことです。長さ14センチ、幅4センチ。中に入っているのは、乾燥洋ナシから作られているそうです。食べていると、甘さが程よくて、伝統を受け継いで作ってくださる人々を思いますね。
2011年11月23日水曜日
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インターネットをお世話してくれる会社は、サーバーと言いますね。電話、テレビの時は何というのでしょうか。
今回、我が家では、電話、テレビ、インターネットを同じ会社でやってもらうことにしました。
今までも、テレビとインターネットは、この会社のお世話になっていました。テレビは、住んでいる建物全体がケーブルネットに入っています。
この会社がオランダの会社に買収され、何ヶ月前から、テレビで、「電話、テレビ、インターネットをひとまとめに、わが社で!」と、広告をしていました。花ちゃんのおとうさんが、「この方が安いし、インターネットもうまく行っている」と言うので、我が家でも、そうすることにしました。
ありがたいことに、設置料は、定年退職者には、無料です!!!
驚いたことに、テレビは105チャンネル見られます!中国語放送まであります。105なんて!
日本では、どうなのですか?
雪子
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