2008年10月22日水曜日

忘年会のお知らせ

林部さんから、下記の様な忘年会のお知らせが入りましたので、ご紹介致します。
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今年の忘年会は去年開催した場所と同じ所です、
日 時 : 12月7日(日)  時間は12:00〰16:00
場 所 : 東京都墨田区業平5-6-1 
墨田区老人ホーム「なりひらホーム」1F 「業平新明橋集会所」
会 費 : 5,000円

最寄り駅の「押上駅」は新タワー「東京ツリータワー」の出来る所です、

一昨年はE組の仲間だけで集まり忘年会を開いていましたが、昨年は
東京在住の同期卒業の人たちに声を掛けた結果沢山の珍しい人に会えて
会場では昔話に花が咲きました、これも良かったと思います。
今回も小笠原さんは山形から駆け付けてくれます、去年は事情があって参加
出来なかった人が5〰6人いました、今年は20名以上の参加を予定しています。

幹事は「伊東 宏一」さんと「林部 伸太郎」が当たります。往復はがきで案内を出す予定です。
ブログを見てもらい参加希望者はメールか電話で申し込みをして貰えればと
考えています。

 ★11月からメールアドレスが変わります
         mtgard@nifty.com になります。
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 【発信者情報】: mtgard@yahoo.co.jp
188-0004 東京都西東京市西原町2-6-15
         林 部 伸太郎(ハヤシベシンタロウ)
         ☎・FAX : 042-465-8990
        携  帯 : 090-7802-6200
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2008年10月21日火曜日

し〜ずやし〜ず〜

 ogaさんの投稿文の中に、私の名前がありましたので関連事項について一筆啓上いたします。
 
標題の歌詞のメロディーを何となく耳にしたことはありませんか?
 
 ogaさんの解説のように、「フタリシズカ」は能「二人静」にあるもので、その作品の中で、静御前と菜摘女が二人形影相伴う如く、義経の都を落ちて吉野に入り、また吉野山をも去って静と別れし、その悲しさ恋しさを語りつ舞いつして回向を乞う。その中で、標題の和歌を歌って序の舞を舞う。いわゆる「鬘もの」、あるいは「三番目もの」といわれるものです。                                  
 
 実際「フタリシズカ」は二つが寄り添うように咲いているのでしょうか?同じように「アツモリソウ」や「クマガイソウ」も能「敦盛」から由来するものなのだろうか?
 
 nobu
 

2008年10月19日日曜日

フタリシズカと平城山

半年ほど前のことになりますが、新聞の「いにしえの草木」という欄で「フタリシズカ」という白い花が紹介されていました。写真はそのときに切り抜いたものです。
そして秋の夜長。辞書とか事典、その他いろんな資料をひっくり返す時間が増えてきた今、切り抜きを見ながらフタリシズカについて辞書をひいてみました。

最初に出ていたのは、能の「二人静」。静御前の霊が供養してもらうため、吉野の菜摘女にのり移り、菜摘女と同じ装束で一緒に舞うという曲目らしい。これはnobuさんが解説してくださるかもしれません。

次はセンリョウ科の多年草。山野に自生し、初夏に2本の白い細かい花が開く-などとありました。古くは「サオトメバナ」とか「ツキネグサ」と呼ばれ、やましろ(山代、山背、山城)の枕詞「つぎねふ」とも関係があるらしい。

その「つぎねふ」という言葉は古事記や万葉集に出ているというので、古事記や万葉集をひっくり返してみると、確かに山代河とか山代女、 山背道などの枕詞で「つぎねふ」という言葉が何度も出ていました。

しかも、そこに登場する仁徳天皇の皇后・イワノヒメ(石之日売とか磐之媛)が、歌曲「平城山」の古の女性-と知ったことは、何よりの収穫でした。歴史とか古典に詳しい人たちには分かりきったことかもしれませんが、何しろ浅学の身。これまでは知る由もありませんでした。

「平城山」は1番が「人恋うは 哀しきものと平城山に もとほりきつつ 堪えがたかりき」。2番は「古も つまを恋いつつ越えしとふ 平城山のみちに 涙おとしぬ」という歌詞になっているようです。

曲としては「な~ら~や~ま~に~」というフレーズをかすかに記憶しているにすぎませんが、平城山と書いてなぜ「ならやま」と読むのか、古の人とは?-といったことなど、以前から関心を持っていた歌です。次の同級会でご存知の方から、ぜひ歌っていただきたいと思っています。

独りよがりの興味から、いろいろひっくり返したものです。でも記憶には残らず、すぐに忘れてしまいます。メモ帳代わりにブログを利用させていただきました。申し訳ありません。平城山には残念な思いを含めて続きもあります。

2008年10月18日土曜日

秋ですね~芋煮会の季節です。

 秋が大分深まりましたね。今朝、夫、愛犬ジロー、私でいつもの散歩コースを歩きましたが、こちらは、紅葉の季節には、まだ一週間ばかりある様です。画像は二階から撮ったもので、我が家のハナミズキが紅葉したものです。

 こんな折、「上の山芋煮会」のお誘いが入りました。ただ残念な事にひにちが10/26(日)なので、私は先約があり、出席できません。

 皆様はこの様な集まりがあるのを知っていましたか? 私は、数年前にmaruabeさんに誘われて2度程出席させて頂きました。多摩川の風に吹かれながらの懐かしいお芋の味に感動しました。

 この集まりを年一回の同窓会にしている上小卒年生の方達もおられる様ですよ。まるで知らない方に声をかけられたので、「どなたですか」と訊ねたら、兄の同窓生でした。

 当日は、上山名物のおみ漬、ゆべし、まんじゅう等のお店がゴザを敷いた会場の周りに出店します。以外な方とお会いする事ができるかも・・・

 来年は、時間に余裕を持たせて、事前にお知らせ致します。
どうぞ、楽しみにしていて下さい。

 ちなみに、会場下車駅は、小田急登戸で、会費は2,300円です。

 どうしても今年出席したいと思う方は、ご連絡下さい。

5戦全敗

去る10月7日(火)と8日(水)の両日、天童市にある山形県総合運動公園のテニスコートで開かれた東北マスターズテニス大会に出場させていただきました。

もう20年も前になるのでしょうか、90歳になるおじいちゃんの誕生祝いに家族そろってテニスを楽しむ姿がテレビで放映されておりました。海外の話題でしたが、90歳になっても楽しめるスポーツなのか-と、強いインパクトを受けて始めたテニスです。

最初は職場の若い人たちのグループに入れてもらい、定年退職後は山形シニアテニスクラブというサークルや「がんこどもクラブ」というナイターテニスの仲間と楽しんでいます。「がんこどもクラブ」は頑固な人たちの集まりではありません。眼科と小児科のお医者さんを中心としたクラブです。

東北マスターズ大会は各県が順番で開催地となり、山形県にも6年に1度、回ってきます。今年は山形県が当番の年。山形シニアテニスクラブが中心となって開催したものです。会場設営とかコートのブラッシング、スタンドの清掃など、大会運営の手伝いをしながら、ゲームにも出させていただきました。

出場したのは男子ダブルス。二人合わせて130歳の部です。勇んでコートに立ったものの、基本的な技術が身に付いていないため、成績は予選リーグで5戦全敗。キャリアの豊富な他県の皆さんにまったく歯がたちませんでした。しかし、力いっぱい戦えたという満足感で気分は爽快そのもの。ペアの方も「楽しかった」と何度も言ってくださり、スポーツの秋を満喫した2日間でした。「6年後のリベンジ」と言いたいところですが…。

2008年10月16日木曜日

懐古

 「夢に白河 ドッコイサノサ、板谷も越えて ヤレコノセ~」-。懐かしいですね。アルコールでテンションの上がった親の世代がよく口にしていたのを思い出します。そして夜行列車の煤で真っ黒になりながら、板谷峠を越えてきた頃の姿も想い浮かびます。
 「ちょいと来た湯の町上山 それ~よいと来た湯の町上山~」もよく耳にしました。確か小学校の校歌も「出湯の町」で始まっていましたよね。「湯の町全盛の上山」といったところでしょうか。
 先に紹介していただいた秋祭りのお囃子や曳き唄、鼓笛隊の笛や太鼓を含め懐かしい「上山の音」を聴く機会があれば-と思っています。

2008年10月4日土曜日

小さい秋み~つけた




10月に入り過ごしやすい毎日になりました。


家の周りもナツハゼの葉が紅葉してきたり、ノギクが咲いていたり、


小さい秋がちらほら、、、。お城の周りに小さい秋を探しに歩いて


身ました。


公園はまだ夏の花々が咲いておりましたが、モミジは紅葉がはじ


まっていました。初秋の上山城をみてください。


公園のさらに上の段に行ってみると旧上山温泉小唄の碑があり


ました。昭和62年に建てられた碑です。


 夢の白河 ドッコイサノサ


    板谷を 越えて ヤレコノセ


      ここは 最上の上山 上山


        ヨイショ ヨイショコラ ヨイショ ヨイショナ


  数年前 市観光課で少しテンポをはやくして、CDをつくり出し


たようです。上山にきて、月岡公園を訪れるチャンスがありまし


たら見て下さい。秋の気配が少しづつ感じられる時間でした。