2008年11月12日水曜日

娘の婚約

 今年4月、社会人になったばかりの娘がどうやら結婚するらしいのです。
 と言っても、式は来年の12月です。

 大学の二年先輩で、お付き合いしていたのは知っていたのですが、まだ早いのでは・・・とか、社会人になったばかりで・・・とか、もっと広く社会を見て・・・とか思う一方、実際に相手の男性に会ったら、とても真面目で誠実な男性なものですから、この方なら、娘も幸せになるでしょうに・・・等など、親としては、複雑な心が交差していました。

 そんな時に二人の決意を聞きました。夫共々想像とは裏腹に、とてもとても喜んでいます。

 私は親として、いつも娘には、「結婚」が最終目的ではない。生きていく上での選択肢の一つとして捉えておけば良いのでは? と言っていました。
 そんな私の懸念は取り越し苦労だったようです。娘は、親以上に人生設計が出来ていました。

 娘のフィアンセが名古屋近郊に勤めていますので、娘は入社したばかりの会社に名古屋支店勤務の申し出をするとの事です。安心しました。

 今年は、私にとって災難の年の様な思いがありましたが、年末も残すところになって、グッドニュースを娘が持ってきてくれました。

 私的な出来事ですが、良いニュースですので、ご報告させて頂きました。

2008年11月11日火曜日

加茂水族館

先日、湯の浜温泉に一泊した帰りに、加茂水族館へ寄ってきました。湯の浜は小学生のとき修学旅行に行ったと記憶しておりますが、当時も水族館があったのでしょうか。

現在の加茂水族館は“クラゲの水族館”として知られ、とりわけ米国ボストン大学の下村脩名誉教授がノーベル化学賞を受賞して以来、オワンクラゲが脚光を浴びているようです。

他の水族館でもクラゲは見たことがありませんでしたから、クラゲが浮遊する姿を間近に見たのは今回が初めてでした。

透き通った丸い傘と、細く長が~い幾本もの触手で何とも言えない曲線を描きながら水槽の中を漂う姿は、照明効果もあってまさに神秘的というか幻想的。見ていてまったく飽きることがありませんでした。

ウィークデーの午前中でしたが、館内では既に何組かのグループが水槽の前に人垣を作っておりました。駐車場には県外ナンバーの観光バスが乗り入れてくるなど、なかなかの賑わいでした。

県内の施設が元気に頑張っているのは、やはりうれしいものですね。

2008年11月5日水曜日

交流サイトの紹介

 大分前になりますが、新聞で「中高年交流サイト」なるものの紹介を目にしました。
 ご存知の方もいらっしゃると思いますが、一言で言えば、同好の趣味について、自分の意見を述べたり、交換し合ったり、仲間を作ったりするサイトです。時々は、「オフ会」と称して、一堂に会する場合もあるそうです。

 又、記事投稿大歓迎のサイトもあるらしいですよ。
 例えば、ogaさんの様に古典、歴史に興味のある方は、その仲間に入られて意見交換するのも、とても有意義と思います。なにせ、全世界の人が閲覧可能なネット社会は、どんどん利用して、ご自分の生活の幅を伸ばされたら・・・と思います。

 無責任ながら私は、まだこのサイトを利用した事がありませんが、そのうちアクセスしてみようと思っています。

 「ネット社会の有害」について、時々一人歩きしている場合もありますが、大抵のサイトは良識ある方達で構成されています。とくに、このサイトは丁寧な受け応えを売りにしているサイトらしいです。

 是非アクセスしてみて下さい。詳しい事は、右端の新聞をクリックすると拡大しますのでご欄下さい。
 下記をクリックすると各々のサイトにアクセスします。

趣味人倶楽部
光圀さん
ヤフー!セカンドライフ
語ろ具
So-net SNS

2008年11月2日日曜日

アツモリソウ

先日、ノブさんが記された「アツモリソウ」と「クマガイソウ」はどんな植物なのか…。気になっていたものですから、昨日、県立図書館のある「遊学館」という施設で、ある講演を聴く傍ら草花関連の図鑑もみてきました。
 
「花と樹の大事典」とか「山野草大百科」「原色植物大図鑑」などによると、アツモリソウとクマガイソウは共にラン科アツモリソウ属の多年草。写真を見ると茎の先に丸い袋状の花を付けていました。

花の色はアツモリソウが紫がかった美しい赤、クマガイソウはやや黄色味を帯びた白地に紫がかったい紅い斑点がありました。花の大きさはアツモリソウが5㌢ぐらい、クマガイソウは8㌢ぐらいとのこと。アツモリソウは紅紫色のほか淡紅色、まれに白色や黄色もあるそうです。 

袋状の花が昔、武者たちが鎧の背につけていた母衣(ほろ)に似ていることから、源平合戦の「平敦盛と熊谷直実」になぞらえてアツモリソウ、クマガイソウと呼ばれるようになったそうです。
 
母衣は戦場に出た武者たちが、後ろからの矢を防ぐためにつけていたもので、中に籠などを入れ膨らませていたそうです。

いつからアツモリソウ、クマガイソウの名になったのかは分かりませんが、野に咲く袋状の花を見て敦盛と直実を連想した風流な人がいたということでしょうか。

ただ各地で乱獲され、アツモリソウは絶滅危惧種になっているとか。西蔵王にある山形市野草園に問い合わせたところ、アツモリソウはないが、クマガイソウはあるということなので、来年の開花期に行ってみようと思っています。

敦盛と直実は何かの武者絵で見たような記憶がありますが、二人の詳しい関わりは知りませんでした。帰宅後、平家物語の解説に目を通してみると、一ノ谷合戦の「敦盛最期」というところで、源氏の武将・熊谷直実が合戦の敵とはいえ、自分の息子と同じ年頃の敦盛を討たなければならないことに心を痛め、涙ながらに首をとった。さらに由緒ある笛を腰にさしていた敦盛が笛の名手でもあったことを知ると、直実は間もなく刀を捨てて出家し、敦盛の供養に努めた―というようなことが出ておりました。直実の父性愛と敦盛の風流が交じり合い、死者を悼む人々の心を打つ名編なのだそうだ。

自分にとっては、また新しい発見でした。ヒントをいただいたブログに感謝です。

アブセント・マインド

 皆様、アブセント・マインドという英語をご存知ですか。「ぼんやりした状況」という意味らしいのですが、私は、良くこのアブセント・マインドの状況に陥る事があります。

 先週月曜日の早朝、ジローの散歩の時、ここら辺では高価な犬として評判の「ダルメシアン」に出くわしました。ジローはこの犬がとても嫌いで(自分との格差を自覚しているのでしょう)、いつもの如く「ウーッ」と近づこうとしました。相手のダルメシアンは貫禄があり、悠然と通り過ぎ、完全に無視されました。

 「情け無いなあ~ジローは・・・」とぼんやりと考えた途端、私の足がもつれ、前に転倒してしまいました。「イタッ」と感じた瞬間、ジローを思い切り殴っていました。でも、ジローは悪くはないのです。瞬間的な私のアブセント・マインドが災いして転倒したのです。暫らくは起つことが出来ず、「これは骨折だッ」と思いながらも、必死の思いで、散歩を切上げ自宅に戻りました。後は、起つ事が出来ず、やっとの思いで受話器を取り、夫に泣きながら電話をする始末。通勤途上にいた夫はすぐに戻り、病院に連れて行ってもらったところ、幸いにも骨折は無く、打撲でした。2日間は歩く事が出来ず、3箇月前の再現という始末。でも、大分回復しました。

 夫とジローには大変申し訳なく、「三度目はなしにするから」と約束しました。

 今から45年ほど前、東京に就職してすぐ郷里の両親に手紙を書いたのですが、公衆電話の中に忘れてしまい、結局大分後に両親のもとに着いた時、父に「アブセント・マインドだからだ」と注意されました。それ以来、「アブセント・マインド」は時々顏を出し、色々な形で失敗を繰返しました。

 例えば、「アブセント・マインド」の状態で、我が家を通り過ぎてしまった事など日常茶飯事。忘れ物はしょっちゅう。赤信号にも拘らず、発進した事が二度。銀行で現金を引き出したまま、その現金とカードを忘れた事。でも、この現金とカードは善意の方が警察に届けてくれました。お料理中に調味料を間違える事などめずらしくはないのです。本当に枚挙にいとまがない程です。

 でも、子供に対しては不思議に「アブセント・マインド」が無かったのです。「アブセント・マインド」に成り得ない程大切だったのでしょう。

 言い換えれば、集中力に欠けるのですね。
 そんなこんなで、今度は命でも奪われたら大変です。これを教訓にもっとしっかりせねば、と思っているところです。

2008年10月23日木曜日

微かな記憶を辿りますと・・・

 それこそ、50年も前の話ですが、上山の「トキワ館」で「源義経」を観た記憶があります。
 確か静御前を山本富士子が演じ、義経を長谷川一夫が演じたのを憶えています。
「しずやしづ しずのをだまき…」と舞う静御前の美しさに感動しました。

 「平城山」は高校の合唱で覚えたのか、職場のコーラスで覚えたのか定かではないのですが、何となく知ってはいます。

 サイトを探したところ、簡単に聴く事ができるサイトが見つかりましたので、サイドバーに貼らせていただきました。クリックしてみて下さい。音質が今ひとつというところでしょうか?

 上手ではありませんが、年末の忘年会で歌うのも良いかもね・・・

 それにしましても、ogaさんnobuさんの博識には脱帽です。でも、勉強になりますね。

フタリシズカ・平城山(続)

 ノブさん、ありがとうございました。「しずやしづ しずのをだまき…」という歌は、鎌倉・鶴岡八幡宮で頼朝から舞を命じられた静御前が「義経が好き」と歌い、舞って頼朝を激怒させたと伝えられているようですが、その歌も能の「二人静」に関係しているのでしょうか。
 昨年12月、首都圏の皆さんの同級会に出席させていただいた日の午前中、鎌倉を訪ねたときに、鶴岡八幡宮の舞殿と静御前の一件を知りました。

 植物のフタリシズカはこの辺の山林にも自生しているそうですが、見たことがありません。写真を切り抜いていたのは、SIZUさんの「二人静かに…」を拝見していたのがきっかけでした。

 その写真の切り抜きから能の「二人静」や、山城の枕詞「つぎねふ」という言葉、さらに山城と奈良の間に横たわる小高い平城山に、万葉の歌姫「磐之媛」の御陵があり、名曲「平城山」の発祥地になっている-など、いろいろなことを知ることができました。ただ、5年前に平城京跡や秋篠寺など平城山の近くを歩きながら、岩之媛御陵を知らなかったために、寄ることができませんでした。

 5年前というのは「時速5㌔の伊勢参詣」と称し、山形から伊勢まで歩き通し、余勢をかって大阪・高槻市まで歩いたことです。その最終日、JR奈良駅前から平城宮跡、西大寺、秋篠寺を回って高槻方面へ抜けたのですが、磐之媛御陵は平城宮跡と目と鼻の先。今さら悔いてもどうにもなりませんが、寄らずじまいだったことは本当に残念でなりません

「人恋うは 哀しきものと平城山に もとほりきつつ 堪えがたかりき」
「古も つまを恋いつつ越えしとふ 平城山のみちに 涙おとしぬ」
 
 平城山の歌は北見志保子という歌人が、磐之媛御陵を訪れたときのことを思い出して詠んだ2首に、平井康三郎という人が曲を付けた歌だそうです。

 つま(夫)を恋いながら、平城山を越えた古の女性は仁徳天皇の皇后・磐之媛。歴史的には大変、嫉妬深い女性と伝えられているようですが、なかなか情熱的な歌を詠み、万葉の歌姫でもあったようです。

 この平城山の歌は聴いたことがありません。コーラスのジローさんに期待したいのですが、いかがでしょうか。