

お正月も10日です。四百年ほど前に最上義昭公の時代に

お正月も10日です。四百年ほど前に最上義昭公の時代に
3連休最終日の10日は山形の初市でした。ご存知のように毎年1月10日に開かれる山形の初市は、十日町から七日町にかけての目抜き通りに露店が並び、近郷近在から集まる買い物客で賑わう冬の風物詩です。
三階まで持ってきてくれます。ありがたいですね。「仕事ですから・・・」と大変に腰が低いのです。他の郵便屋さんは、合理化の為、玄関の郵便箱に入れていくだけなのですが・・・。
こちらでは、お正月にお祝儀を包む習慣があります。でも、お手伝いさん、美容師さんには、クリスマスにさしあげました。
年が明けて、夫が、窓を開けて「すみませんが、玄関までいらしていただけませんか?」とフィリップさんに、叫んでいます。お祝儀でした。
日本では、どうか、忘れてしまいました。
今週も、よい週でありますように。
雪子
偉人には、「生誕100年」とかの催しがありますね。
何年か前ですが、夏の暑い日、一番下の妹の家で、夫の兄弟姉妹は、舅(パパ)の生誕百年をしました。動機の半分は、仲のよい兄弟姉妹で会いましょう・・・なのですが・・・。「パパが生きていたら、100歳」と、皆で思い出を語り合いました。
昨年末、亡き父に手紙を書いて、つくづく、思いました。
「パパは、良い子供たちに恵まれて幸せだった。それに比べて、おとうさんは、こんな娘で・・・」
と言う訳で、遅ればせながら、父の生誕百年を、夫と二人ですることにして、妹に電話。妹は、父母の誕生日は知らなかったそうです。(父の命日28日と母の命日3日を日程表に印をつけ、毎月、その日はお祈りしているそうです。)
父の誕生日は、1月5日で、生きていたら101歳になります。去年は、思いもつかなったので、一年遅れの生誕100年です。
小さい頃に亡くなったので、父の好物は覚えていません。唯、母が、諫早にいる父のところへ柿と栗を持っていった、と聞きました。
大袈裟に、生誕100年といっても、昼食時に父の席を作り、写真を飾り、食後に柿を食べ、父の話を夫にしただけです。ちょっと、恥ずかしいですね。
「モントルーのクリスマス・マーケットの後、どこのレストランがよいかなあ?」と夫は、昔の同僚にたずねました。レストランの情報は、独身者に限りますね。
教えていただいたのは、駅前のホテルで、到着したばかりのお客様でざわざわしていました。
入って、簡単なレストランを想像していたので、驚きました。高級レストランでした。
見てください、この景色!駅前の混雑、すぐ下の湖岸のクリスマス・マーケットの人の群れが信じられないくらいですね。
寒くて、ジャケットは来たまま、まず、熱いお紅茶とお水を頼んだら、突き出しに乾燥肉(日本では、ジャーキーと言っているかもしれません)、オリーブ入りパン、オリーブ油とバターを持ってきてくれました。
乾燥肉は、展示してある下の機械で切ってくれました。
夫曰く、「メニューにシェフの名前の出ているレストランは初めてだよ。Ferdinando Santiさん。」
「巨大海老」を頼んだのですが、こんなに大きな海老は、初めて見ましたね。15センチ以上と、思います。焼いたチェリートマト、キノコ、ジャガイモの付け合せ。
デザートは、Crème brûlée クレーム・ブリュレ(日本語では、何と言うのでしょうか?カスタードクリームを焼いて、表面がキャラメル状になっています)。上に、ほおずき、イチゴ、ブラックベリー、ラズベリーが載っていました。
美味しかったです。
サービスも行き届いていて、それでいて、リラックスしてニコニコとしていて・・・。
帰りに入り口の看板を見たら、Gault Millauゴーミヨーと出ていました。美味しいはずでした。12点もらったそうです。夫曰く「20点満点だよ。」
このレストランを勧めて下さった夫の同僚は、裕福な方なので、高級料理店なのは、無理もありませんよね。
唯一つ残念だったのは・・・、このレストランにスニーカーで、ジーンズでは・・・。もっと、お洒落して行きたかったです。
テーマが???に変換してしまうことが度重なるので、今回から、テキストにもテーマを入れました。
今回は、写真もきちんと送れて、ホッとしました。
雪子