2011年3月22日火曜日

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・宍戸俊子さんを中心とした日本人音楽家の方々が、4月3日、サクレ・クール(聖心)教会で、チャリティーコンサートを開く予定です。地震の被害者への義捐金集めのためです。

 

・夫が、日本食料品店に買い物に行ってくれました。

 

箱が置いてあり、「日本の地震の犠牲者へ。いただいた寄付金は、ジュネーブの日本総領事へ預けられます」と書いてあり、並んでいた夫の前のご婦人は、10フラン入れていたそうです。

 

ありがとうございます。
 
雪子

2011年3月21日月曜日

震災のその後

昨日石巻市の被災地域の瓦礫の中から、80才のおばさんと、その孫の16才の少年が発見されたというニュースを聞いて、思わず「良かったあ」と叫んでしまいました。

誰しもその様に感激したと思います。

とりわけ私が感激した事は、16才の少年が、瓦礫に挟まれたままの不自由な体勢にも拘らず、倒れた冷蔵庫の中に残っていた僅かな水、食べ物をお祖母さんに与えて、看病をしていたとか。。。
言葉がありませんねえ。。。

何とすばらしいお孫さんで、また若者なのでしょう?
彼は最も大切な物(やさしさ)を、この寒さと飢え、という極限の中で、お祖母さんに分け与えたのでしょうね。

こんなすばらしい若者がいる日本の未来に希望が持てる気がします。

ところで、我が家の冷蔵庫はガラガラになり、ついに一昨日ほぼ10日振りにスーパーに行って来ました。

思っていた程には、生鮮食品類は欠乏はしておらず、必要なものを購入する為に、中に入って行くと、やはり卵、豆腐、パン、インスタント食品、牛乳の棚は空っぽ。

ご近所の方に、「牛乳売り場には、”お一人様1点でお願いします”と貼り紙があるにも拘らず、数点を平気で買って行く人達が居た」と聞いていたので、その店の受付に行って、「どうして、レジで数点買いの方達に注意をしないのですか」とクレームをつけて来ました。

受付嬢は、「上にこのご意見を上げておきます」とは言っていたのですが。。。

そんなこんなで帰宅したところ、今度は、茨城産のほうれん草、福島産の牛乳から規定値以上の放射性物質を検出した、というニュースを聞きました。
しかし、直接人体に影響を及ぼす程の数値ではない、と。

そういえば、ほうれん草を購入したので、早速産地を確認したところ、茨城産でした。

その夜は、ほうれん草のごま和えをして食しました。
久し振りの青物でしたので、とてもおいしく食しました。

この場合に非情に懸念される事は、「風評被害」ですよね。

つまり、その情報を正確に入手し、正確に理解しておけば、「風評被害」にも惑わされる事なく済みますのにねえ〜。

私達消費者サイドがもっと賢くなる必要があるのではないかと、つくづく思うのです。

遅まきながら、我が家の紅梅が咲きました。
この木は「やっこ(娘の名前)の木」なのです。

被災された方々にもやがて春が来て、花を愛でる心身の余裕を取り戻していただく様な穏やかな生活が訪れる事を、ただ、ただ、お祈りするばかりです。

マルレーンさん・・・うれしい出会いと再会

マルレーンさんが、いらして下さいました。

 

「ご家族は大丈夫・・・?」やさしい方で、コーラスで歌っていらっしゃいます。誰かが必要になると、真っ先に、「私がします」と手を上げるのです。コーラスの秘書をなさっています。

 

ご主人様とは、ピュイ町議会で知り合い、結婚、7、8年前になりますか、ご主人様を亡くされました。

 

夫と私は、言ってみれば、「外者」ですが、昔からピュイに住んでいる「ブルジョワ」と言われている人たちがいます。マルレーンさんのご主人様の家もそうで、名前を聞くと、すぐわかりますね。マルレーンさんは、その会で秘書をなさっています。

 

それから、「絵葉書愛好会」の秘書もなさっています。「愛好会には残るけれど、秘書は他の人にやってもらうことにしました。やっていることが、多すぎるので・・・」と。

 

持ってきてくださったものですが・・・。

 

①コーラスのクリスマスで、会長さんはいつも、全員にプレゼントを下さるのですが、私は欠席したので、今、持ってきてくださったのです。箱の上蓋に、各自の写真がはってあり。中には、かわいいチョコレートが入っていました。

 

②「シスターたちに切手を持っていく」、と私が話したのを覚えていらして、切手を持って来てくださいました。アメリカ、フランス、イタリア、イスラエル・・・と様々な国からのもので、インターネットで、趣味の絵葉書の売り買いをしているのだそうで、いろいろな人と知り合いになるのだそうです。

 

もうすぐ、コーラスの発表会です。その時、トンボラと読んでいる宝くじを売ります。賞品は、コーラスのメンバーや、お店などの寄付にお願いしています。我が家で、使わないサラダボール、パルメザン用のナイフ、チーズ切りナイフがあったので、持って行っていただきました。

 

マルレーンさんとコーラスの会長さんには、お礼にエコバッグを差し上げました。

 

「これから、スュザンさんの家で歌の練習・・・」と二つのバッグを肩にかけて、手を振りながら、去っていかれました。

 

雪子

2011年3月19日土曜日

東北・関東大震災から8日

 震災から9日目になりました。日毎に犠牲者の数が増えていきます。

阪神震災を超える犠牲者の数に心が痛みます。早くライフラインが解決
し中長期的な復興計画が示されることを望みますね~。
阪神大震災の時次女が地元の大学3年で 都市計画を専攻しておりまし
たので神戸大学と連携し、神戸大のキャンパスに寝泊まりしボランテイアで
10日ほど「聞き取り調査」に出かけたのが丁度1ヶ月後でした。
地震発生後10日、1か月、1年、3年とインフラは整備されていくけれど
心の傷は深まっていくようです。
兵庫県知事が阪神大震災のデータとノウハウを提供すべく宮城県知事
を訪れていたのをテレビが報じていましたが、計画的に速やかに、官民
一体になって立ち向かってほしいと思います。
東北人は粘り強く 絆が強いと言われますが 仮設住宅を設置するにも
阪神震災の結果を生かして地域ごとに 建設し住民が孤独にならないよ
うに配慮してほしいと思います。
 私たちの日常も驕りがあるとおもいます。たとえば 「食品の無駄」
曲がったきゅうりは市場に出せないとか、少し虫食いのある野菜は
商品にならないとか数えきれません。
このたびの地震による停電で無意識に使っていた「電気の無駄」を
つくずく感じました。
PCでポチッとクリックすれば2~3日で届く商品、流通がとだえて気づく
不便さ、すこしずつ回復するとは思いますが、「買占め」に踊らされたくは
ないですね。
 福島原発事故で山形県にも3000人以上の方々が避難しています。上山
も体育文化センターに市が主体になって300人くらい受け入れています。
 旅館でも低価格で宿泊を受け入れたり、支援部隊の方々の受け入れを
しています。
街を歩くと市内の観光マップ片手に家族ずれで足湯や共同浴場をめぐって
いる姿にあいますので、つい道案内の声をかけております。一日でも早く
「止める、冷やす、閉じ込める」の原則が実現し安定してくれることを願います。









 上山の市民文化センターに福島県から300人ほど(県全体では

3200人程)避難してきています。 近くの青果店さんで市からの注文

で「トン汁」とおにぎりの材料を運ばなければいけないと言っておりました。

各旅館でも支援グループを受け入れたり、被災した方々を受け入れたり

しています。

 福島原発が1日でも早く安定してくれることを願い、被災地の隅々に

支援物資が届き、仙台市内や三陸海岸の市町村のライフラインが

復活し、山形新幹線、在来線。東北新幹線、本線が正常化してくれる

ことを願わずにはいられません。

 地震津波を受けた方々は被災者で 福島原発30kmから避難した

方々は被害者だと思います。これから何年かかるかわからない戦い

です。小さな灯火ですが募金をしたり、私でも出来ることに参加してい

こうとおもいます。

巨大震災から1週間

巨大地震から一週間。被災地の厳しい避難所生活や懸命の救済活動には只々、頭が下がる思いです。山形でも物流が滞り、特にガソリン、灯油の不足が目立ちますが、落ち着いた生活が戻りつつあります。

拙宅も「ひかり回線」が復旧し、ようやく電話とインターネット、Eメール等が使えるようになりました。この間、携帯電話を持っていなかったため、外部との連絡は公衆電話に頼らざるを得ませんでした。時代遅れを痛感し、家内共々、急きょ携帯電話を求めてきました。(周囲からは遅すぎるとの声も…)

ところで巨大地震。家内と二人、在宅中に遭遇しました。集合住宅の9階。グラッと揺れを感じた後は、これまで経験したことのない大きな衝撃が長く続きました。

揺れ始めたとき暖房器具のスイッチを切り、落下物や倒れる家具がない場所の壁につかまって揺れの収まるのを待つだけ。

この間、観音開きの戸棚がある部屋では、戸棚から飛び出したグラスやカップが次々と床に落ちて割れる音がガシャン、ガシャン。部屋は破片で足の踏み場がなくなっていました。

その後は停電、断水、無暖房となり、懐中電灯と携帯ラジオが頼りの生活が丸二日。市内の公衆電話で身内の状況を確認した後、断水対応のためポリ容器を求め、上山の実家で詰めた水を自宅まで運び上げました。

3日目の夜も停電を覚悟していたところですが、夕方、パッと灯かりがついたときは、さすがにほっとしました。停電が解消されれば断水、無暖房が解消されるためです。

ただ「ひかり回線」の回復には時間が掛かりました。通電後、電源の入れ直しなど、説明書を見ながら対処法を試みたものの、どうしても回復できず、電話もインターネットも使えない日が何日も続きました。
携帯電話も持っていないため、外部からの連絡は途絶えたまま。心配した知人が自宅を訪ねてくれた程でした。

福島の原発事故が心配される中、また揺れました。テレビでは茨城北部の震度5強を報じています。不安な日がまだまだ続きますね。

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おはようございます。今、スイス時間で、3月19日(土)、朝7時50分です。

 

昨日のテレビでは、原始発電所事故が主で、被災者、被災地の報道はすくなりました。

 

日本への義捐金集めの催しが企画されています。

 

①サークル・スイス・ジャポンとローザンヌの音楽大学との共催で、3月30日、チャリティーコンサートが開かれます。ヴァイオリン奏者ヴァオリン奏者Amoyal夫妻(奥様は日本人)とコンサヴァトワール専門科の学生によるコンサートです。集まった義援金は、宮城県県庁に直接送金されます。

 

②ジュネーヴのサッカークラブが明後日の試合を機に、今回の大地震について義援金の呼びかけをしてくれるそうで、その上500席を無料提供してくださるとのことです。

 

被災地の皆様が、すこしでも、楽になりますように・・・。

 

雪子

2011年3月17日木曜日

大震災で思うこと。

今日で3回の「計画停電」が終わりました。
夜間の停電はちょっときついのですが、そんなことを言ってはいられません。
厳寒の劣悪な環境の下で避難生活をされている被災者の事を考えると、何と贅沢な。。。と思います。

今海外では、日本の被災者に対して賞賛の声が上がっているそうです。
「あの逆境下で、何故あの様な理性的な、そして秩序ある行動が取れるのか?」
「すばらしい!きっと威厳と品性を兼ね備えた文化が、日本人の国民性に生きているのだろう〜」

過去に様々な国で起きた災害時の「略奪、暴動」などと比べての率直な感想なのではないでしょうか?

他方、災害に遭っていない人々(一部ですが)の行動には疑問を持ってしまうのです。
食料品、日用品、ガソリンの買い占めなど。。。

大震災後の余震、原子力発電所の緊迫した状況、などの不安材料は沢山あり、それによる心の動揺は解るのですが、今大切な事は、被災者に一日でも早く十分な食料、日用品、灯油、ガソリン等の救援物質を届ける事ではないでしょうか?
行方不明者の捜索は勿論の事です。

ですから、自己中心的な行動は極力止めて、救援行動がし易い環境作りに微力ですが、協力をしたいですね。

被災者の方々のご苦労をテレビで拝見する度毎に、「いったい、私達は被災者の方々に何をする事が出来るのか?」と家族、友人等と話しています。

既にスケジュールされていたお食事の自粛、飲み会の自粛、その他コーラスなどはその気分になれない、と活動を当分差し控えるなど、私の周りは自粛ムードになっています。

ところで、我が家の冷蔵庫は日増しにガラガラになっています。
通常ならすぐ買い物に走る所ですが、当分買い控えをしたいと思っています。

被災者の方々に対する、ちょっとおこがましいのですが、私なりの気持ちなのです。

東京地方は、寒さが戻ったせいか、再び電力供給量が需要を下回るとの予測に基づいて、今晩は停電の可能性がある、とのニュースがありました。

被災者の方々には再びお見舞いを申し上げます。