年のせいか目覚めは早い。ogaさんの健脚には及ぶべくもないが、早朝散歩に出る。
つい2ヶ月前には暗かったが、今は出かけてまもなく朝焼けになり、家に戻るころには朝日
が出ている。今日の日曜日は快晴だ。思わず口ずさみたくなる、清少納言の枕草子の
あの一節「春は曙・・・・・」あとが続かない。もし覚えている人がいたらその一節教えて
下さい。
春先は雑務が多い。町内一斉清掃による側溝掃除、猫の額の庭であるが雪囲いはずし、
枝の剪定と消毒、冬タイヤから夏タイヤへの交換等等。
側溝掃除とタイヤ交換をして「やれやれ・・」と思っていたら、女房殿の長電話がいつもより
長く、声も弾んでいる。いやな予感が走る。
「こんなに天気がよいのだから、どっかさ、行くべー」。案の定であった。
庄内「湯田川温泉」の梅祭りに行くことにした。車は月山道をひた走る。正面に際立って
白い月山を見る。つい数日前に雪が降ったからだろう。山道にかかっても路面は乾いている。
両脇の山肌には残雪がまだまだ多い。
カーラジオから流れる「パットブーン」の「アナスタシア」、たちまち意識は青春時代に引き
戻される。鉛を飲み込んだような重い苦痛が蘇る。
高校卒業の翌年の夏の初め、上野駅に鴨家君は迎えに来てくれた。小雨に煙っていた
宵のころ、新宿の音楽喫茶に入った。初めての音楽喫茶。結構広い会場で、出演者は
当時ヒット中の「井上ひろし」、「ルイジアナママ」がヒット前の「飯田久彦」、そして「ミッキー
カーチス」。司会者が井上ひろしの「雨に咲く花」を紹介すると、間髪をいれず観客席から
「外は雨よ!」と若い女性の掛け合いが入る。どっと沸く会場。「そうか、これが東京か!」
と思った。
翌年、東京に就職し会社の寮に入ったがなじめず、鴨家君のアパートに転がり込む。
私は昼の勤務、彼は夜の勤務、すれ違いの生活を数ヶ月した。
最後に彼と会ったのが昭和49年の山形。その後は時々電話で話したが6年前から
音信不通になった。これは私のせいなのだ。彼はいま生きているのだろうか?
やがて、湯田川温泉に入る。ずいぶんと人が歩いている。駐車場入り口も列を成している。
藤沢周平人気のせいか。宿は10件ほどだが大きくはなくともなかなか格式のある旅館もある。
黒い板塀の上から、樫、椿、梅、松等が枝を覗かせている。門から海坂藩の武士がすっと
出てくる錯覚に襲われる。
公園は小高い丘にあり、段々状の丘ごとに梅ノ木がある。紅梅が多い。以前は、梅の花
には何か物足りなさを感じたが、今はその楚楚とした閑雅な風情に気品を感じる。
古代の中国において、梅ノ木は文学を好むゆえ、「好文木」とも言われたと言う。
花の下で現地の人がしゃべっていた。梅には庄内弁が似合う。
「春の夜の闇はあやなし梅の花、色こそ見えね香やは隠るる」(凡河内躬恒)
私の好きな歌です。
帰途、庄内から見た月山は、キャンバスに厚い白色を塗ったようで、神々しく荘厳であった。
nobu