2008年10月19日日曜日

フタリシズカと平城山

半年ほど前のことになりますが、新聞の「いにしえの草木」という欄で「フタリシズカ」という白い花が紹介されていました。写真はそのときに切り抜いたものです。
そして秋の夜長。辞書とか事典、その他いろんな資料をひっくり返す時間が増えてきた今、切り抜きを見ながらフタリシズカについて辞書をひいてみました。

最初に出ていたのは、能の「二人静」。静御前の霊が供養してもらうため、吉野の菜摘女にのり移り、菜摘女と同じ装束で一緒に舞うという曲目らしい。これはnobuさんが解説してくださるかもしれません。

次はセンリョウ科の多年草。山野に自生し、初夏に2本の白い細かい花が開く-などとありました。古くは「サオトメバナ」とか「ツキネグサ」と呼ばれ、やましろ(山代、山背、山城)の枕詞「つぎねふ」とも関係があるらしい。

その「つぎねふ」という言葉は古事記や万葉集に出ているというので、古事記や万葉集をひっくり返してみると、確かに山代河とか山代女、 山背道などの枕詞で「つぎねふ」という言葉が何度も出ていました。

しかも、そこに登場する仁徳天皇の皇后・イワノヒメ(石之日売とか磐之媛)が、歌曲「平城山」の古の女性-と知ったことは、何よりの収穫でした。歴史とか古典に詳しい人たちには分かりきったことかもしれませんが、何しろ浅学の身。これまでは知る由もありませんでした。

「平城山」は1番が「人恋うは 哀しきものと平城山に もとほりきつつ 堪えがたかりき」。2番は「古も つまを恋いつつ越えしとふ 平城山のみちに 涙おとしぬ」という歌詞になっているようです。

曲としては「な~ら~や~ま~に~」というフレーズをかすかに記憶しているにすぎませんが、平城山と書いてなぜ「ならやま」と読むのか、古の人とは?-といったことなど、以前から関心を持っていた歌です。次の同級会でご存知の方から、ぜひ歌っていただきたいと思っています。

独りよがりの興味から、いろいろひっくり返したものです。でも記憶には残らず、すぐに忘れてしまいます。メモ帳代わりにブログを利用させていただきました。申し訳ありません。平城山には残念な思いを含めて続きもあります。

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