2009年9月9日水曜日

飛鳥と平城山

皆さんお変わりありませんか。今夏、奈良県飛鳥地方の高松塚古墳や甘樫丘、飛鳥寺、万葉文化館などを訪れ、古代国家の歴史や万葉人の歌心を育んだ地域の一端を垣間見てきました。
 今年3月から橿原市に転居した下の娘の家に1週間ほど滞在し、時には家内と2人で、時には1人で気の向くままに足を運んだものです。
 
《シートで覆われた高松塚古墳》
高松塚古墳は近鉄・飛鳥駅から歩いて約15分。小高い丘の中腹にありましたが、保存整備のためシートで覆われていました=写真= 本来の姿を見ることができなかったのは残念ですが、彩色の飛鳥美人は隣接の壁画館で見ることができました。

 大化の改新のころ、蘇我一族の館があったと伝えられる甘樫丘から大和三山といわれる香具山、畝傍山、耳成山を眺めているうち、やはり中大兄皇子と大海人皇子の兄弟から愛された万葉のヒロイン・額田王を想い起こしておりました。

 甘樫丘から歩いて20分ぐらいの奈良県立万葉文化館に寄ったところ、万葉劇場で額田王が恋と歌に生きた女流歌人として紹介されており、古代権力者たちの熱愛物語をさらに詳しく知ることができました。万葉の里は恋の里でもあったようです。
 《平城山の歌に惹かれて》
 昨年12月、首都圏に在住されている方々の忘年会で、ジローさんや伊藤さんが歌ってくださった「平城山の歌」にゆかりの磐之媛命陵にも寄ることができました。根っからの音痴で、音楽の世界とは縁遠い生活でしたが、何故か歌詞も知らない「平城山」の琴の調べが心に残っておりました。
 
 近年、その歌詞や、歌詞に出てくる古の人が磐之媛という古墳時代の皇妃であったことなどを知り、また平城山という地名にも惹かれ、一度は訪れてみたいと思っていた所です。

 近鉄・大和西大寺駅から歩いて約30分。平城宮跡の近くで、古墳の多いところでした。磐之媛は仁徳天皇の皇后で嫉妬深い女性と伝えられているようですが、情熱的な女性歌人でもあったようです。
 この日は小雨模様でしたが、傘をさしながら古墳巡りをしているという男性2人と出会いました。このうち三重県津市から来たという方にシャッターを押してもらった記念の写真を掲載するつもりでしたが、本人が写っていない陵墓だけの写真にしました。
 飛鳥も平城山も機会があれば再度、足を運んでみたいところでした。

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